2003/05/06

愉快なことはやがて忘れてしまいますが、不快なことはなかなか忘れられない、というのは理由があるのでしょう。例えば、愉快なことは早く忘れないと次の楽しいことを見つけるために行動しなくなる、とか。不快なことは自らの鏡であるから、忘れられない、とか。ここ数日の私の怒りは自らの不快な点でもあると、漸く考えられるようなりました。ぶちまけまくった友人達には申し訳ないです。

帰宅したら、母の入れ歯がテーブルの上にぽつん、と。なんだか、日常の不条理を垣間見てしまった気分でした。まぁ、きっと入れ忘れただけでしょうね。

読書:桜井由躬雄『ベトナム村落の形成』(6日目。地道にまだ読んでいます。佳境)